
里山の田舎には、自然が豊かで日本のふる里を忍ぶ風景が未だ
に残っていますが、過疎と高齢化は深刻な問題になっています。
北海道夕張市の様な破綻寸前のまちや村には、若者たちを呼び
寄せたくも、働ける様な環境も産業もありません。
都会生活に疲れた人達が夢を求めて 田舎暮らしを創造するがそんなに甘く
は無い。田舎暮らしもお金が無ければ無理だし、医療や金融・ショッピングも車
で30分や1時間は当たり前で、夕暮れ6時にもなれば通りは殆ど無く、静かな
夜のとばりが息苦しい程の静けさで、どことなく寂しくもなる。
人と人の交流も中々難しく、容易く懐を開いては呉れないし、何処か
疑いの眼で見ているので、自分から積極的に懐を開いて、接して行かな
いと田舎暮らしは難しい。
田舎には昔からの風習や慣習で様々な行事があり、場所に寄っては近隣
同士、回り番で会など催しつながりを大切にし、参加しないと村八分にさ
れる要素も有るが、半面取れたて野菜が玄関に置いてあったり、何か困っ
た事が有れば、皆が手伝いに来ても呉れる面倒見の良さは都会では絶対味
わえない事です。
田舎暮らしの基本は地域に根付く生活基盤を置いた証を示すことで、それには収入を得る
環境作りであり、何もせずに隠居暮らしを目的に田舎暮らしを求めても、中なか受け入れは難しいと
思います。
汗して働いて、語り合って、触れ合いの中にこそ、「ほんまもん」の田舎暮らしが出来るのではと
思います。生きる事、暮らすことを真剣に考えた時に、快適で生き甲斐の持てる田舎暮らしが、出来る
のだと思います。
豊かな大地の恵みと、清く澄んだミネラル豊富な水、澄んだ空気が丈夫で元気な都会生活で
は味わえない満足を感じる事が出来ると思います。生きてる事の感動を素直に喜べるのも様々
の人との出会いや触れ合いが有るから感じる事で、触れ合いも出会いも無い状態では生きてい
る素晴らしさや感動は味わえないと思います。
自分の真心を込めて創った品物や味に感動して来て戴くことで、出会いや語り合いが有って
触れ合いが出来たら、自然に生きている喜びや感動を感じる事が出来るのではと思います。
そんな店創りを、1人では出来なくても同じ価値観と、世代的な意識も同じ仲間が集い合えた
ら良いなとの想いが里山で店持ちませんかになりました。1人では何も出来ないし、生きられ
ないから、同じ者同士が塊になって何かできたら、そして自然と共生しながら自由に輝いて
何も束縛されず、生き生きと我ら自然派・自由人とし、誰に憚る
事無く、生きる愉しさを自分の店を基準に、モチベィションを高め
て我が人生に悔いは無しと言える生涯を里山の田舎暮らしでしたい。






